ペーナ宮殿(Pena Palace) 12月 10, 2022 廃墟からの出発 1755年のリスボン地震が首都と周辺地域を荒廃させ、ペーナ修道院は廃墟と化した。しかし、ニコラウ・シャンテレネ作とみなされる大理石と雪花石膏でできた壮麗な祭壇背後の棚を備えた礼拝堂は、無傷であった。シントラの山頂に広がるこれらの残骸が、若いフェルナンドを驚愕させたのだった。1838年、カステロ・ドス・モウロスと他いくつかのキンタスのすぐ隣である旧修道院をフェルナンドは手に入れ、周辺を全て囲いで囲んだ。 続きを読む
クリスチャンスボー城(Christiansborg Palace) 12月 10, 2022 宮殿建設の歴史~コペンハーゲン城~ アブサロンの城の跡を土で埋め立て、新たに建設されたのがコペンハーゲン城である。城は帳壁と堀とで囲まれ、入り口には大きく堅固な塔があった。城はロスキレ司教の所有物であったが1417年にエーリク・ア・ポンメルンがこれを奪い、以降、デンマーク王家の所有となった。 続きを読む
ストックホルム宮殿(Stockholm Palace) 12月 10, 2022 概要 ストックホルム宮殿は首都ストックホルムのガムラスタンの中のスターズホルメンに所在する。国会議事堂が近くにある。君主と他の国王一家の個人事務所もスウェーデン王室の執務事務所と共にここにある。宮殿は国家元首としての職務を行う場合に国王が国家を代表する行事にも使用される。 続きを読む
冬宮殿(Winter Palace) 12月 09, 2022 歴史 帝政時代は王宮として機能し、最初に使用したのはエカテリーナ2世大帝。レフ・トルストイによる小説『戦争と平和』に描かれる1812年ロシア戦役前後のロシア宮廷の舞台の一つである。 続きを読む
赤い城(Red Fort) 12月 09, 2022 歴史 ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、アーグラから遷都し、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードにおける居城として築いた。1639年から9年をかけて1648年に完成。名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものである。 続きを読む
紫禁城(Forbidden City) 12月 09, 2022 故宮博物院 中華人民共和国北京市の故宮博物院は、もとの宮殿であった所を博物館にしている。2011年5月現在の収蔵品は絵画・陶磁器・文書など180万点である。 続きを読む
大坂城(Osaka Castle) 12月 09, 2022 構造~豊臣大坂城~ 初代築城総奉行、黒田孝高が縄張を担当。輪郭式平城であり、本丸を中心に大規模な郭を同心円状に連ね、間に内堀と外堀を配する。秀吉は孝高に築城に際しての指示、大坂の市街から天守がよく見えるよう天守の位置、街路などを工夫したとも伝えられている。丹羽長秀が築城した安土城の石垣の構築方法を踏襲しており、現在の大坂城の地下7メートルから当時の石垣が発見されている。 続きを読む
トプカプ宮殿(Topkapi Palace) 12月 09, 2022 構造~第二の庭~ 「挨拶の門」の内側は「第二の庭」と呼ばれる、公式行事に使われた広場で、これを外廷の施設が取り巻く。御前会議の開かれた「ドームの間」や国庫はその一角に位置する。かつての国庫は、現在は武具展示室となっており、明治時代にイスタンブールに滞在した日本人、山田寅次郎がアブデュルハミト2世に贈った日本製の甲冑が展示されている。 続きを読む
ニンフェンブルク宮殿(Nymphenburg Palace) 12月 09, 2022 宮殿 宮殿と庭園は今ではミュンヘンの観光名所になっている。バロック様式のファサードは全幅が700メートル以上ある。石のホールと呼ばれる祝宴広間には、ヨハン・バプティスト・ツィンマーマンらによるフレスコ天井画とフランソワ・ド・キュヴィイエによる装飾があり、非常に印象的である。この部屋は中央の建物の3階以上の空間をぶち抜きで使っている。 続きを読む
ペレシュ城(Peles Castle) 12月 09, 2022 概要 1875年から39年もの歳月をかけて造営され、1914年に完成した。巨額の建設費を投じての豪華な離宮建設に、国民からは不満の声もあがったという。カロル1世は、この城の完成から数カ月後に崩御した。 続きを読む
松本城(Matsumoto Castle) 12月 09, 2022 近世以前 1582年、甲州征伐に伴う武田氏滅亡により城代馬場昌房から織田長益に明け渡された後、織田信長によって木曽義昌に安堵された。本能寺の変後の武田遺領を巡る天正壬午の乱において、同年6月には越後の上杉景勝に擁立され、小笠原旧臣の助力を得た小笠原洞雪斎が奪還。さらに徳川家康の麾下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城と改名した。 続きを読む