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ペーナ宮殿(Pena Palace)

廃墟からの出発
1755年のリスボン地震が首都と周辺地域を荒廃させ、ペーナ修道院は廃墟と化した。しかし、ニコラウ・シャンテレネ作とみなされる大理石と雪花石膏でできた壮麗な祭壇背後の棚を備えた礼拝堂は、無傷であった。シントラの山頂に広がるこれらの残骸が、若いフェルナンドを驚愕させたのだった。1838年、カステロ・ドス・モウロスと他いくつかのキンタスのすぐ隣である旧修道院をフェルナンドは手に入れ、周辺を全て囲いで囲んだ。

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